施本 「佛の道」 発行日 平成19年12月28日   執筆完了日 平成19年11月25日

第十八章 無記


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岩瀧山 往生院六萬寺



著者 川口 英俊

第十八章 無記

 無記《むき》とは、判断をしないこと、答えを出さないことであります。

 時にお釈迦様は、弟子たちから色々と出される質問の中で、特に形而上学的な問題については判断を示さず、答えを出さずに沈黙を守ることで、仏教の実践から外れてしまう無用な論争の弊害を避けられることがありました。
 
 特に十無記として、

 一、世界は常住であるのか? 
 二、世界は非常住であるのか?
 三、世界は有限であるのか?
 四、世界は無限であるのか?
 五、霊魂と肉体は同一のものか?
 六、霊魂と肉体は別々のものか?
 七、如来は死後存在するのか?
 八、如来は死後存在しないのか?
 九、如来は死後存在しつつ非存在であるのか?
 十、如来は死後存在するものでもなく非存在でもないのか?

 があります。これらの問いには、「そう」、「そうでない」の二元論でも、また「そうでもあって、そうでもない」、「そうでもなく、そうでもないものでもない」を加えた四元論でも答えることが不可能であり、これらの問いは、現実的に実証できない空想的独断のものでしかなく、仏道の実践において何の役にも立たない問いであるとして、お釈迦様は回答を退けられたのであります。

 このことは、よく「毒矢の例え」をもって取り上げられます。

 ある人が毒矢に射られたとして、すぐに矢を引き抜いて治療してもらわなければならないのですが、駆けつけた医者の治療の前に、毒矢を射られた人が、一体この毒矢を射た者は誰なのか、どんな身分の者で、どんな名前の者なのか、身長はいくつで、どんな顔の人で、どこから来た者なのか、また、どんな材質の弓で射たのか、どんな材質の矢じりがついていたのか・・それらが分かるまでは、矢を引き抜いて治療してはいけないと、余計なことばかり聞いてしまっていれば、結局その間に、その人は死んでしまいます。治療してもらうという目的以外の余計なものに囚われてしまっては、目的から大きく外れてしまうということであります。

 つまり、仏教においては、目の前にある現実の苦しみと向き合い、その原因を解明し、そして、その原因を取り除いていき、苦しみを無くすことに努めること以外における無用な議論は、意味のないことだと諭されたのであると解します。

 ただ、お釈迦様は、弟子たちから輪廻のことや地獄のことなどについて、どうしても教えて下さいと質問をされると、全知全能あまねく悟った自らの過去世におけること、全てにおける輪廻のことから、お答えになられたこともありましたが、むしろ更に現実の苦しみに集中させ、苦しみを無くすという目的のためだけにあえて答えられたようであります。

 現実の苦しみ、苦しみの原因、苦しみを無くす方法についてしっかりと学び、実践して、苦しみを確実に無くすことが、何よりも重要であると考えます。

 その点で、仏教はある意味で世間の他宗教の定義とはやや異なり、ただ苦しみを無くすための実践方法論に過ぎないとも言えるのではないかと思います。

 また、どうしてもいずれ確実に訪れる自分の死、死後のことがあまりに気になって仕方がないのであれば、もちろん無我において、自分などという「我」はないのですから、死後の「我」もありえません。そんなことも分からないままに死を迎えようとなれば、無明の闇の中、迷い苦しむことになるわけでありますけど、とにかく、自分の死後のことではなくて、自分の死後においても、この無常なる世界に残る全てのものたち、自分の死後に生まれてくるものたちの苦しみを少しでも無くしてあげるために、今、現実にできることを考えて、日々、慈・悲・喜・捨の心と実践で過ごしていければよいのではないだろうかと思います。

 とにかく、まだ来てもいない未来のことに対して、いくら心配して妄想を膨らませて煩悩を抱えて苦しく過ごしても、仕方のないことなのであります。とにかく仏教では極限まで現実を直視していかなければならないのであります。

 


   一、はじめに
  二、諸行無常
  三、諸法無我
  四、一切皆苦
  五、涅槃寂静
  六、四聖諦
  七、八正道・中道
  八、因縁生起
  九、智慧
  十、無執着
 十一、無所有
 十二、無価値
 十三、空
 十四、慈・悲・喜・捨
 十五、少欲知足
 十六、現実の瞬間瞬間を生きる
 十七、煩悩への対処
 
 十九、四弘誓願
 二十、最後に


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